小さい時は、正月は家族そろってどこかへ行くことを楽しみにしていた。昔は津和野とかによく行っていたが、今はどこにも行かなくなった。
つまらなかったが、これが我が家のスタイルなのだとようやく受け入れた。
なんで、我が家のスタイル、様式にのっとってゴロゴロすることに決めた。
15時ぐらいまでは10年前、高校時代に録画していた西部劇「ヤングライダーズ」を3話程度見た。ビデオテープが劣化してもう見れないかなと思っていたが問題なく再生できた。
その後、父が見ていた時代劇「女太閤記」をいつのまにか見ていた。まだチラ見程度だったが、秀吉が城主になった頃からずっと見るようになった。結構おもしろかった。秀吉と寧々の間に子ができていたらなぁとつくづく思った。
結局、淀が知らず知らずのうち亡き母市の仇を討つように豊臣を滅ぼしたという考えは結構おもしろいなぁと感じた。
秀吉の子飼い武将について勉強になった。尾張派と近江派に分かれていて仲が悪かったのかぁ。
尾張派が武断系で虎之助(加藤清正)、市松(福島正則)、など
近江派が文治系で佐吉(石田三成)、片桐且元、長束正家など
このドラマの秀吉役は上手だった。秀吉らしかった。
家族と会話していたら自分の子供の名前の話題になった。
彼女は子供が生まれたらお宮参りして、両親に名前をつけてもらうつもりでいるらしいことを伝えた。両親は彼女がそこまで考えていたので驚いていた。父はお前たちで決めんさいとのこと。僕は小学6年の頃に考えていた名前をつけるのが夢だったので僕に命名権が得られるように根回しをした。
長男ならば
「昌頼」(マサヨリ)だ。
由来は武田の名将たちによくつけられていた昌の一字を拝領した。山縣
昌景(三郎兵衛尉)、飯富虎
昌、高坂
昌信(源助)、内藤
昌豊、真田
昌幸から。知勇兼備で文武両道な子供になってもらいたいという願いが込められています。「頼」は藤原頼道、源頼朝など歴史人物ぽいから(た、単純・・・)。小学時代は日本史にはまっていた。中学は中国史、高校は西洋史だった、、、って話がそれた。
長男には天下を取れるような武将になってもらいたい。信玄の弟の名前でもあり、真田幸村の本名でもある「信繁」も捨てがたい。(要は知力、武力、政治力、采配、魅力の各能力値が80点以上になるような武将になってもらいたいんだな)
長女は
「夢月」(ムツキ)だ。
由来は花鳥風月ぽい感じの字であることや、十二単を着ている平安時代の貴族の娘が月を眺めているシーンをイメージした。
また、爆笑ギリシャ神話・16ページのアルテミスの絵から発想を得た。

かぐや姫?やアルテミスのような感じの娘になってもらいたいという願いが込められています。なんか儚いイメージな気もするが・・・。
6月に生まれてくれたら睦月とかぶるので粋がいいなぁ。
あだ名はDreem、Moonからドリムンちゃん?なんじゃそりゃ。
次男は
「輝親」テルチカ
輝は毛利輝元からだと思う。親は四国の戦国大名である長宗我部一族によくつけられていた名前から。輝元の能力がいまいちなのが気になる。やっぱ中国地方の大大名の大内義興or毛利元就or尼子経久から一字もらおうかな・・・(オイオイ、どんな子供になってもらいたいのかという願いがすでに消滅して自分の世界に入っているよ・・・)
なんてなことを熱く語っていたら、妹に「はぁ?何、そのだっさい名前は?今時そんな名前つける人いないよ。今はさぁ、かっこいいねぇ・・・」なんたらとばっさり切り捨てられた。母には「あんたの収入で3人も育てられんよ」、父は「どこでもあるような農民だと丸わかりな名字には武将みたいな名前はあわんなぁ〜、いっそ彼女の家に婿入りして名字を変更するか?」とのこと。・・・orz
姓名判断の話題になり父さんと話した。僕と妹は姓名判断で満点になるような名前をつけられたそうだ。父は風水とか気にするタイプだから姓名判断もそうとう気にしていたようだ。
ネットで調べたら確かにすごかった。妹がオトコだったら誠治だったそうだ。
父さんの名前を調べたら、結構占いがあたっていたw
昌頼で調べてみたら、天才だが困難が立ちはだかるだって。将に僕がイメージする息子にぴったりじゃないか。困難に打ち勝って天下を取ってくれ我が息子よ。
なんか、僕がここまで生きてこれたのはこの姓名判断のおかげなのかとも思えてきた。息子の名前は姓名判断に従って誠治にしようかな。