2009/09/06(日) 野球の試合
昼前に、助っ人で参加している南のチームの試合があった。
来週は入院で、退院後1ヶ月は野球が出来なくなるので、悔いの残らないようにしなければ。
なんと今日はピッチャーを任せられた。
引き分けで抽選勝ち
夕方は来週入院ということなので元気を出すために焼肉を食べにいった。
2009/09/09(水) 入院
ちょっと、風邪気味。昨日はさっさと寝れば良かった。
まだ、日曜日の試合による体のはりや筋肉痛が残っていたが、体はピンピンしていた。
入院前の最後の準備して入院しに病院へ行く。
看護婦さんからあれこれ説明された。その後診察。手術に影響のない風邪で良かった。
入院部屋に移動。
昼過ぎに妻は帰って行った。
・・・ヒマである。
読書した。
手術担当看護師から手順の説明を受ける。
4人部屋だが、先にいた二人が次々と退院したので一人部屋となった。
術後は風呂に入れなくなるので今日はシャワーを浴びた。
今日の夕飯は、手術のため無しである。妻が買ってくれたテレビカードを使用して自販機でジュースを購入して飲んだ。
その夜は手術した夢を見た。
2009/09/10(木) 手術日
起床してから水も我慢しなくてはならなくなった。(嘔吐などを防ぐために胃を空にするため) 点滴が食事代わり。
麻酔科の研修生が右またの動脈から採血。痛くはないが抜針後はジンジンした。
薬科の診察があった。前の医師と似たような質問だった。
担当医がやってきて採血と点滴針の挿入。結構痛い。
ベットに乗せられて手術室へ移動開始。廊下を長いこと移動した。手術室の手前で妻と別れる。妻の励ましの言葉が聞こえてくる。手術室は冷たい。これから手術が始まるのだと思うと足が震え出す。
酸素マスクをあてがわれた時、体中が妙に苦しくなった。その苦しさが収まった時、左腕の点滴から麻酔が入ってくるのが分かった。麻酔が通過しているとこはジンジンする。麻酔が左肩まで通過した時にぷっつりと記憶がなくなった。
・・・うっすらと夢を見ていたところで、起こされる。寝起きみたいでボーっとする。
左腕が痛いのを感じた。しゃべろうとしてもしゃべられない。喉に管が入っているのを忘れていた。ぼーっとしていたおかげで、おえっ!とならなかった。そのまま二度寝。
妻のかけ声で目が覚める。「○○ォ〜大丈夫?」の問いに、「後10分寝かせて」で3度寝 グー。
その後、妻が「帰るからね」というかけ声で目が覚めたがそのまま4度寝で爆睡。
2009/09/11(金) 術後1日目
目が覚めると深夜1時だった。
かかとや両腕に血が回らずにだるい。痛い。体中にあちこちセンサーが取り付けられているので起き上がれない。
右耳あたりは、包帯でしっかり巻かれているのを感じた。麻酔が効いているのか痛みは無い。
とにかく寝ようとするがそこから1時間おきに目が覚める。看護婦さんが状況確認してくる時に目が覚める。となりのおじさんの看護婦さんを呼ぶ声でなかなか寝られない。
5時から寝るのがしんどかった。寝返りしたいけどできない。早く起きあがりたいと思った。術後、起き上がっていいですよと聞いていたが、翌朝まで横にさせられた。ここから朝までは精神的にすごい疲れた。
8時頃に担当の看護婦さんがやってきてくれて体を起こしてくれた。そしてカテーテルを抜いてもらった。カテーテルを抜く瞬間はすごく気持ち悪かった。もうこりごりじゃ。
車イスに座った時にやっと一息つけた。ボーッとしたまま朝一の診察。
自室に戻り携帯のメールを確認したら、昨夜妻からメールが来ていた。
「手術受けることを決めて3週間スッゴク不安な日々だったと思います その不安な日々を乗り越えて、手術受けて、無事に終わってホッとしたよぉ
大変な手術、お疲れ様でした よく頑張ったねヨチヨチ(←○○の頭、撫でてるの〜)
○○が手術室に入るときに手を握ったの覚えてるあの時、○○は手にいっぱい冷や汗かいてたね
○○の言葉にできないいろんな複雑な思いが伝わってきたよ 私、○○の思いを絶対に忘れちゃいけないって思ったんだ
一生忘れないから
今は、傷が治るまで痛かったりすると思うけど、無理せずに頑張っていこうね
私は、いつも○○の味方だから… 今だけじゃなくって、これからも、辛いことがあったら、どんなことでも言ってちょ
ひとりぼっちで悩むなよ〜
一日も早く回復しますよぉ〜に
ひろが愛する妻、雅美より 」 (絵文字省略)
妻からの感激するメールだった。
体は寝過ぎてだるい。ベッドが硬すぎる。
腫ずつで摘出した、耳下腺腫瘍とご対面した。
カテーテルを抜いた後の小便が忘れられない。出そうと思っても出ない。するとぶしゅぶしゅっと空気が出る音がした。泌尿機関が壊れた?と思ったらしっこがやっと出た。カテーテルを抜く時といい、それから小便をする時の気持ち悪さは忘れられない。
昼頃に妻がやってきた。ずっと入院案内のTVを見ていた。
手術の影響で右目のウィンクができない。
昨日のニュースを確認したら昨日は末永が大活躍したんだなぁ〜。うれしかった。
今日は一日中だるい日だった。
2009/09/12(土) 術後2日目
今日は雨
右顎付近を手術しているから右側に寝返りが打てず、だるい。
朝一に診察
昼前に家の洗濯を済ませ昼に妻が病院へやってきた。
テレビカードの残高が無くなったので妻に購入してもらった。1000円
14時過ぎに妻が実家に帰る
手術の影響なのかちょっと熱があった。
2009/09/13(日) 術後3日目
明け方は昨日の雨の影響か、濃い霧だった。9時には晴れた。
左ふくらはぎが痛くなった。とても痛い。なんでだろうか?ベッドが合わないのかなぁ?なんか軽い肉離れみたい。妻に湿布の持参を依頼した。
10時頃に妻と妻の両親がやってきた。そして診察が行われた。
耳の裏から通していた管が抜けた。
今日から風呂OKが出たのでシャワーを浴びる。左腕の点滴の管をぬらさないようにビニール袋をかぶせて浴びる。
妻が僕のベッドで寝てた。
15:00頃、妻の両親と一緒に喫茶店で休憩。カレーをおごってもらった。
テレビカードで飲料水を購入したので残高が無くなったので、妻に購入してもらった。
16時半に妻と妻の両親は帰って行った。
病室の前に鳩がやってきては鳴いていた。
寝てばっかりいるので、体がなまってきた。先週の試合の筋肉痛は既に消えていた。
2009/09/14(月) 術後4日目
8:45 朝一の診察
9:30 部屋に二人追加 読書をする。今日で点滴が終了。左腕から太い点滴針を抜いた。針が刺さり続けていた静脈が少し硬い。妻にアパートに立ち寄ったらiPhoneのイヤホンやTV用のイヤホンを持参するように依頼した。
13:00 妻がやってきた。
夕方に妻は実家に帰っていった。
夜に1名追加で部屋は満室になった。
2009/09/15(火) 術後5日目
朝一に診察。明日抜糸で予定通り退院。月末に確認のために通院してくださいとのこと。
左ふくらはぎが痛い原因が分かった。横に寝返りをうった時に右膝が左ふくらはぎを圧迫していて、今日はその痛さで目が覚めた。寝ている時に左ふくらはぎが血行不良状態になっていたのだった。
昼前に妻と妻の母がやってきた。
妻とドラマラブレターを見た。今日からラブレターを見始めた。
15:30 妻たちは帰っていった。
夜に届いた妻のメール
「明日は退院だね ○○と生活できるの、めっちゃ嬉し〜ぃ またいっぱい喧嘩したり、仲良ししたり…などなどしよぅね
では、ゆっくり休んでね おやすみぃ 」(絵文字省略)
2009/09/16(水) 退院
朝、妻がやってきた。
朝一の診察で抜糸をした。
退院の準備をする。
営業所から見舞いがきた。フルーツセットをもらった。
やっと髪の毛が洗える!
右目のまぶたの閉じる力が弱いのでどうしても少し開いた状態になり、目に水が入る・・・(´・ω・`)
手術で耳の神経をなんぼか切ったため右耳の感覚が無い・・・(´・ω・`)
両耳とも動かせるのだが、右耳が動かなくなった。
傷口が開かないようにと、傷口が完全にふさがるように傷跡に処方されたテープを貼った。
明日から出勤だ。
2009/09/17(木) 評価チームへ
退院後の初出社。
現在のプロジェクトは最終段階であり、今後も大きな業務が発生しないことから、評価チームへ行くことになった。
ありゃりゃ左遷かよと思ったが、今の評価チームのスキルを考えると行ってレベルをあげんにゃぁいけんなぁと思い、評価チームへ数年ぶりに復帰した。長らくやっていなかったので、まずは忘れている箇所を思い出しながら、数年の間に変化した業務内容を覚えていくことになる。
2009/09/21(月) 丹波の国 福知山
4連休の三日目の今日はドライブすることにした。
国道175号線で福知山まで行ってみることにした。
あぜ道に彼岸花が咲いている。
1時間ちょっとでまず、丹波市春日IC近くにある道の駅丹波おばあちゃんの里で休憩。春日局の里である。昼食として栗ご飯弁当を食べた。
そこから20分ぐらい、塩津峠を越えたら福知山市街地に出た。
けっこう発展している町だった。
もう少し北に行けば、天橋立までいけるが、今日はここで引き返すことにした。
西に抜ける道が片道2車線から1車線になるところで渋滞が発生している。
今度は来た道を戻らず国道9号線で西へ向かい、和田山経由で帰った。
いい妻孝行になったと思う〜。
手術の影響で右目が閉じにくいせいで右目は涙が出やすく、ちょっと運転しづらかった。