長兵衛生誕の地

佐賀県東松浦郡相知町


 
  幡随院長兵衛の生誕地久保地区に建てられています。碑石の高さは6.3m、台座2.1m、石垣を含めると、地上15mの記念碑です。最寄の駅は、肥前久保駅(JR筑肥線)、徒歩約4分。
 
 記念碑は昭和5年に完成。除幕式は、昭和14年11月、角界史に不朽の名を残す大横綱双葉山がその綱を引いて行われ、久保の刈田のあとで角力興行が催されました。題字は、唐津藩主の正統を受け継ぐ子爵小笠原長生公によります。
 
 クレーンなどない当時のこと、この槍石を台石に乗せる工事は大変なものであったと思われます。なお、セメントなどは一切用いていないが、微動だにせず今日に至っています。

長兵衛記念碑の建立と除幕式(昭和3年〜14年)
記念碑の建設は昭和3年、私の母方の祖父である酒造家塚本平一の呼びかけにより、当時の金額で3万円(※)の予算で始まりました。きっかけは唐津中学校で歴史の教師であり、また郷土史家でもあった吉村茂三郎先生研究発表でした。
 七山村と地元久保地区で見つかった記念碑本体と台石用の自然石は、それぞれ20tと60tという巨石で、これらをすべて人力によって運ぶというのは当時としては大変大掛かりなものだったようです。
(※その頃は300円あれば家一軒が建てられたそうです。)
当時の工事風景(5年2月)
見物に来た周辺住民で黒山の人だかりとなった
除幕式の様子
左から四番目が横綱双葉山関

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