お仕事リスト@ 1950年代編


[1950年代]

[表記方法]
西暦(元号)年/長さんの年齢(1927年9月24日生)
受賞、展覧会ほか
新聞、雑誌掲載:ジャンル「作品名」 長さんの仕事/共作者 掲載号など
絵本雑誌:丸ごと一冊が絵本になった雑誌(「こどものとも」「ひかりのくに」)
単行本:ジャンル「 書名 」 長さんの仕事/共作者  出版社


1949年(昭和24年)/22歳

  受賞
東京日日新聞初笑い漫画祭りで4コマ漫画「ロング狂」で二等になる。(平凡社ライブラリー「海のビー玉」略年譜より)

  新聞掲載
□東京日日新聞・・・「ポン君カン君」(1/20〜3/16)連載 4コマ漫画 (※@)

※@
ペンネームである「長新太」は、「ポン君カン君」連載の折りに、編集者に勝手に付けられたもの。長新太自身が当時を回想したエッセイ「青春時代」(参考資料「飛ぶ教室/特集・長新太大研究」収録)によると、命名者は当時毎日新聞社のデスクK氏で著名な永井荷風研究者だとある。
K氏ということで調べてみたが、たぶんペンネーム小門勝二(本名小山勝二氏)のことだと思う。K氏曰く、「キミの名前は難しい。コンクールの作品の題名が<ロング・スカート>だったから、ロング、すなわち長。新人であるから新。太く伸びてちょうだいというので太。」ということだそうだ。ちなみに長さんの本名は、鈴木しゅう治。「しゅう」は、常用漢字にはない上が「秋」で下の部首が「手」という難しい字だ。



1950年(昭和25年)/23歳

  新聞掲載
□東京日日新聞・・・「クリちゃん」(7/12〜10/1)連載 4コマ漫画
□東京日日新聞・・・徳川夢声の対談「同行二人」(3/1〜7/20、142回連載) 挿絵 (似顔絵) (※A)

  単行本
絵/
■対談集「同行二人」 徳川夢声 (編)東京日日新聞社 養徳社 (似顔絵を扉に使用)
■学習絵本「社会科 新聞ができるまで」小学生文庫  (文)竹田真夫 小峰書店 (※B)


※A
長さんは毎回当時60歳の夢声に同行取材した。対談者は、片山哲(政治家)、ヒロセ元美(ストリッパー)、八木秀次(科学者)、藤原義江(声楽家)、高峰秀子(女優)、別當薫(野球選手)、安部能成(哲学者)、水ノ江滝子(女優)、楢橋渡(政治家)、古今亭志ん生(落語家)、田中家女将、尾上梅幸(歌舞伎役者)、大佛次郎(作家)以上14名。
(「別冊太陽/絵本の作家たちT」(2002.11)で高峰秀子の似顔絵を見ることが出来る。)


※B
この本には、「おしゃべりなたまごやき」(’59)の作家、寺村輝夫が関わっている。以下、寺村の文章を引用する。

ぼくは、この世界のだれよりも早く、むかしから長新太を知っていることを誇りにしている。(略)遠く昭和二十三年ごろだと思う。(略)ぼくは学生のくせに小峰書店の編集者だった。そのころ小峰書店では小学生全集という百巻にもなったシリーズを出していた。(略)その一冊に「新聞ができるまで」というのがあって、画家はわが長新太である。日日新聞に連載していた四コマまんがの大ファンであったぼくは、新聞社にいるんだから新聞のしくみの絵をかくにはもってこい、という安易な理由で依頼にいった。このときも、ろくに会話がなかった。「かいてください」「はい」でおしまい。あとは「長ってへんな名前?」「ロングスカートの長ですよ」「フー」これで一冊の本ができあがった。
               「飛ぶ教室/特集・長新太大研究」収録「長新太の<おしゃべり>」寺村輝夫より



1956年(昭和31年)/29歳

  同人
○前年、東京日日新聞を退社し、真鍋博、井上洋介、久里洋二と「4人の会」を結成。
 小島功を中心に結成された独立漫画派の同人誌「がんま」(10/15創刊、不定期)に参加。(※)

※「がんま」時代の作品は、単行本「長新太アンコール」今江祥智・編に4作品見ることが出来る。

  雑誌掲載
「別冊宝石」(宝石社)・・・6月号探偵小説全書 1コマ漫画「殺人者」5編(刺殺、射殺による毒殺、忙殺、絞殺、撲殺)
□「別冊宝石」(宝石社)・・・11月号文芸作家推理小説集 漫画「ババア悪魔」 


 
(「別冊宝石」’56年6月号より)



1958年(昭和33年)/31歳

  雑誌掲載
「文藝春秋 漫画讀本」(文藝春秋新社)・・・カラー巻頭「落ちた果実」(7月号)など漫画作品を発表。コラム「閑人大歓迎(のちに「閑人サロン」に改題)」のカットを担当。(以下「漫画讀本」に関しては所蔵しているものからだけ記載した。)
このカットは、猫を主人公にした1コマ漫画といってもよく、その一部が単行本「長新太アンコール」に収録された。
□「ユリイカ」・・・7月号「月夜の遺書」 絵/(詩)岸田衿子。

  絵本雑誌
□「こどものとも」(福音館書店)・・・3月24号「がんばれさるのさらんくん」  絵/(文)中川正文(※1967年こどものとも傑作集として、1985年普及版こどものともとして復刊)
□「ひかりのくに」(ひかりのくに)・・・13号10巻「はしれぴーぽくん」
 絵/(文)飯島敏子


           
(「がんばれさるのさらんくん」)     (「はしれぴーぽくん」)   (雑誌「ユリイカ」掲載「月夜の遺書」)



1959年(昭和34年)/32歳

  同人/受賞
○「えへの会」に参加。同人誌「えへ」(1959年6月創刊、不定期)に作品を発表。
「おしゃべりなたまごやき」で第5回文藝春秋漫画賞受賞(時計および金拾万円)。
長さんの「受賞のことば」は、以下の通り。

 なによりも、まず、自分のやりたいことをやれる条件が出来たと云う事が、とても嬉しく思っています。
 今までは、やりたい事もやれない状態にありました。私にはこの賞は、強力なオールマイティであります。
 この事実が本当に私を有頂天にさせました。これからは、なによりも、ヤリタイコトヲ、ヤラシテモライマス。
 自分の仕事をキビシク、可愛がって、頑固にエキサイトしながらやっていくつもりです。
 よろしくおねがいいたします。(全文引用)

  同人誌
□「えへ EHE」1(えへの会/長新太、横山泰三、久里洋二、やなせ・たかし、改田昌直、岡部冬彦、塩田英二郎、加藤芳郎、富田英三、金親堅太郎、荻原賢次)・・・表紙、1コマ漫画「星の降る夜」「大きな女」「都会の花は鉄で出来てる」

  新聞連載
□「岐阜日日新聞」・・・児童小説「山のむこうは青い海だった」 絵/(文)今江祥智

  雑誌掲載
□「文藝春秋 漫画讀本」
(文藝春秋新社)・・・6月号に、第5回文藝春秋漫画賞発表と受賞記念カラー作品「のびた縞のシャツ」と久里洋二との共作「危険な曲がり角のジュークボックス」を掲載。(※久里洋二は前年の受賞者)
この年の「漫画讀本」も、漫画作品「二人の物語」(2月号)「二人の世界」(10月号)などを発表。「閑人サロン」の猫カット、秋山庄太郎のグラビアのレイアウトなど活躍する。
□「週刊スリラー」(森脇文庫)・・・5月〜12月号 表紙。1959年5月創刊号より60年11月号まで担当した。
□「ヒッチコックマガジン」(宝石社)・・・8月〜12月号「よみもの五番街」の扉(漫画)。1959年8月創刊号より1963年7月号(最終号)まで担当した。
□「母の友」(福音館書店)・・・8月号「アメダマをたべたライオン」 絵/(文)今江祥智
□「漫画画報」臨時増刊2 グラマー・グラフ特集フランスの裸女(富士出版社)・・・「なぐられた男」1ページ8コマ漫画
□「洋酒天国」開高健・編集(洋酒天国社)・・・12月号(通算42号)「かわいそうな女たち」1コマ漫画

  絵本雑誌
□「こどものとも」(福音館書店)・・・2月35号「おしゃべりなたまごやき」 絵/(文)寺村輝夫 (’89年 復刻版)
  (※1967年こどものとも傑作集として刊行。1972年の「改訂版」は、まったく新しいタッチで描き直している)

  新作単行本
絵/
■童話「お母さん先生」 (文)松原春海 理論社


        
(「漫画讀本」’59年6月号・文藝春秋漫画賞受賞掲載) (’89年刊の復刻版「おしゃべりなたまごやき」)



[参考資料]
□雑誌「文藝春秋 漫画讀本」文藝春秋社(1958年7月号、’59年2、6、10月号)
□雑誌「月刊絵本/特集 長新太」盛光社(1973年9月号)
□雑誌「飛ぶ教室/特集 長新太大研究」楡出版(1990年5月号)
□平凡社ライブラリー「海のビー玉」長新太 平凡社(2001年8月)
□図録「ふしぎな長新太展」 ふくやま美術館(2002年7月)
□ムック「別冊太陽/絵本の作家たち T」平凡社 (2002年11月)
□図録「おしゃべりな絵 長新太展」 宮城県美術館/宇都宮美術館・編 (2004年7月)



長新太ができるまで 1950年代お仕事リスト 1960年代お仕事リスト 1970年代お仕事リスト
1980年代お仕事リスト 1990年代お仕事リスト 2000年代お仕事リスト -
50-60年代
児童向け作品紹介
50-60年代
大人向け作品紹介
- -
雑誌「週刊スリラー」 雑誌「漫画読本」 雑誌「話の特集」 -
- - - ねこギターTOPページ