『微視的散歩』

〜遠い記憶〜


ゲノムの夢
その時なぜか僕たちは、
運動場の真ん中に寝転んで、
ぼんやりと空を眺めていた。
突き抜けるような青い空に、
ちぎれ雲がひとつ
ぽっかりと漂っていた。

突然、僕は感じた!
「地球は、僕たちを磔にして回転しているんだ」
ということを。
その瞬間から、僕の身体は地面に張り付いて、
手足を動かすことが全く出来なくなった。
目の前を、空が物凄いスピードで過ぎていく。
雲が次々と現れては、ちぎれて消え去る。
太陽と月が追いかけっこするかのように、
目まぐるしく通り過ぎていく。

そして僕の目は、猿人になり、恐竜になり、
両生類になり、魚類になり、
アメーバとなって空を見ている。
僕は、気が遠くなりそうだった。
だけど、それは
とても気持ちがいいことだ。
隣にいた友達は、どう感じていただろうか。

気が付くと、もう夕方だった。
西の空が、オレンジ色に染まっている。
僕たちは身体を起こした。
それは、馬鹿みたいに簡単だった。
急に立ち上がった僕は、よろけてしまった。
友達は僕を見てニャッと笑った。
僕もニャッと笑い返した。
オレンジ色に染まった二人の顔。
細長く伸びた二人の影が揺れた。
遠い日の出来事。



夏の日
かき氷の練乳のような積乱雲と
数学の図形の問題のように
空に出題された鉄塔が
向日葵の花の向こうに見える
僕はニャロメのTシャツを着て
水撒きをしている

「夏の日」Youtube動画版はこちら


陽射し
窓際の席で、ぼんやり空を眺めて
「ああ、今日はいい天気だなあ」などとニコニコしていると、
いつの間にか目の前に先生が立っていた。

問題を当てられて黒板で二次方程式を解いていると、
突然「めんどくさいなあ」と思ってしまい、
そのまま途中でやめて自分の席へ着いた。

その頃、僕は本に夢中で、
図書館から借りてきた本を授業中に読んでいた。
最初は机の下で、大胆になると教科書の上に置いて読んだ。
昼休みは、図書館で椅子を三つばかし並べて、
その上に寝っころがると日射しが心地良かった。
目を閉じるとゴンドラに揺られているように感じられた。

僕は、よく授業中にトイレに行った。
それが、とても恥ずかしかった。
でも用足しでもないのに、
教室を抜け出しては屋上で日向ぼっこしてたりもした。
僕は、人一倍よく殴られる生徒だったけれど、
だからといって反抗的という訳でもなかった。
ただ全ての事が面倒臭くてどうでもよかった。



鉄腕アトム
学校から帰ると、
誰もいない家の中は僕の宇宙空間になる。
勉強机が僕らの地球。
本立てに並んだ教科書が地球防衛基地。
消しゴムの戦車。
鉛筆のロケット。
筆入れがもちろんロケット発射台だ。
せまい家の中をぐるぐる歩き回ることが宇宙パトロール。
怪獣出現!
猫のミーが役を引き受ける。
そして僕の指は鉄腕アトムになる。



夜の幼稚園
夜の幼稚園で
六歳の僕はひとり
ブランコにぶらさがっている
天にはまん丸い十五夜のお月様が
こうこうと照っている
すると僕の目の前に
カラスが降りてきた
一羽二羽三羽四羽・・・・
僕は追っ払う為に
大声を出そうとするが
声が出ない
やがて幼稚園の庭は
真っ黒けのカラスで埋まる


卒業
十年前に卒業したはずの学校が、
単位をひとつ残したまま、
まだ卒業してないんじゃないか。
真夜中に突然襲う理不尽な強迫観念が、
私の頭の中を渦巻いている。
そんなことはないと分かっていても、
何か忘れ物をしているような切ない思いに駆られ、
あの時間あの場所へ戻って確かめてみたくなる。
本当の自分はあの時から何一つ変わってなくて、
むしろ社会人でいた自分は
夢を見ていた一瞬のような気がして、
目が覚めると、あの下宿の部屋にいるんじゃないか。
だが、そんな妄想を必死で払い除ける。

私は、知っているのだ。
どんなノスタルジックな思いで、
実際あの場所に戻ってみても、
もう何一つあの頃の自分の痕跡は残っていないのだ。

「卒業」Youtube動画版はこちら


次のページへ

1. 洪水の夜 2. 私という現象 3. 遠い記憶 4. 眠れない夜
5. 風に吹かれて 6. 幻視的散歩 7. 猫びより 8. 文学散歩
微視的散歩・目次 ねこギターTOP