『微視的散歩』

〜猫びより〜


草むらに潜んでいると
僕は、草むらの中に潜んでいる。
草の青い匂いと、虫たちの蠢く気配。
足に冷たい土のじめっとした感じ。
風にサワサワと揺れる草の葉に背中を撫でられながら、
耳にかかるとくすぐったくて、
鼻にかかると思わずくしゃみしそうになる。
そして僕のヒゲは、この草むら全体にアンテナを拡げている。
何か知らないものが近づいてきそうで、
何か知らないものが飛び込んできそうで、
僕の心臓は、その予感でドキドキしてしまう。
結局、何も起こらなかったりするんだけど、
そうしている時間がすごく好きなんだ。



雨降る公園に
僕は、雨降る公園の土管の中にうずくまっている。
何だか知らないけれど妙に心が落ち着いて、
思わず喉をゴロゴロ鳴らしてしまう。
子供たちのいない公園は、静かでおとなしい。
ブランコも、ジャングルジムも、砂場の山も、
雨の中で休んでいる。
僕は、水たまりの中を転げ回る夢をみながら、
一日をぼんやりして過ごす。
こんな雨の日も悪くないな。

「雨降る公園に」Youtube動画版はこちら


人間の友達と
僕は、人間の友達と一緒にいるのが好きだ。
夏の暑い日に部屋でぐったり舌を出して寝そべってたり、
縁側に何もしないで並んで夕日を見ていたり、
台風の大風に樹木が揺れるのを窓から見ていたりする。
そんな時、種族は違うけれど、
同じ時間に生きているんだなあと思う。
彼が放る玉を追いかけて部屋中を走り回ったり、
背中に駆け登ったりするのは飽きないな。
でも寝ている時に、体をひっくり返されたり、
肉球を摘んで爪を出してみたり、
鼻の穴に丸めたティッシュを突っ込んでみたりするのは、やめてほしいな。
まあ、怒らないけどね。
かまいたいのは分かるけど、人間は寂しがり屋だからな。
つきあいも大変だよ。



月夜の晩に
月夜の晩は、僕は遊びに出掛ける。
影のように塀を越えて屋根に登る。
でも犬みたいにウォーンなんて吠えない。
そんなの趣味じゃないからね。
そしてぐるりと町内を眺めてみる。
友達のクロが、二軒先の屋根から顔を出した。
あいつは黒いから目だけがキラキラ光っている。
なんとはなしに、ふたりで暫く月を眺めた。
そして近くの田圃に蛙取りに行った。
田圃の中を散々走り回ったので、体中がベトベトになった。
明日の朝、人間の母親に叱られるんだろうな。


夏の終わり
もうすぐ夏が終わろうとする昼下がり。
僕は、近所の塀によじ登り、
熱いコンクリートの縁を歩く。
そして緑の葉が一杯茂った木の陰で立ち止まる。
上を見上げると、葉っぱの間から
木漏れ日がチラチラと輝いている。
ときどき涼しい風が、背中を撫でていく。
自動車や人間たちの騒音が、
蝉たちの鳴き声と共にワァーンと耳に鳴り響く。
僕は、その場にうずくまって目を閉じる。
世界がほんの少し遠のいた気がした。


歩道橋の上から
夕日に染まった歩道橋を、
トットットッと登っていく。
欄干から覗くと、
僕の住んでいる町が見渡せる。
日頃、わがもの顔の自動車たちも、
ここからだとよく観察できる。
ここはなぜか人間があまり来ない。
時々砂を舞い込んで、
風が吹き抜けていく。
アイスクリームの紙屑が、
カサカサと走り抜けていく。
暗くなるまでの短い時間、
ここにじっとしている。
僕の好きな場所だ。


海が見たいと思った
ある晴れた日、僕は決心した。
この町が、海の近くだとは知っていた。
ときどき潮の匂いが風に運ばれて来ていたから。
僕は、海に向かって歩き始めた。
大型トラックがびゅんびゅん通る大通りに沿って歩いた。
勇気を出して広い交差点を、人間たちに混じって横切った。
何本もの足の間を蹴られそうになりながら走り抜けた。
自転車のキィーッという音に立ちすくんだり、
つながれた犬に吠えられたりした。
そんな時、僕は路地に逃げ込んだり、
ビルとビルの間に隠れたりした。
それから長い時間走ったり歩いたりした。
だんだん建物が少なくなり、潮の匂いが強くなってきた。
海は、もうすぐだった。


海辺にて
僕は、やっとのことで、白い堤防の壁にたどり着いた。
この向こう側が海のはずだった。
堤防は、ジャンプしても届かないくらいに高かった。
白い壁に沿って歩いていると、
壁の切れ目に階段を見つけた。
そこから顔を出してみると、
目の前いっぱいに海が拡がっていた。
階段を駆け降りると、砂浜は火傷しそうに熱かった。
太陽が砂浜に反射して、目がチカチカ痛かった。
熱い砂の上をぴょんぴょん跳ねながら、
波打ち際に恐る恐る近づいた。

波は、遙か遠くの方からやってきて、
僕の目の前で止まった。
波の先端に前足をちょんと付けて、
ぷるぷるっと振ってみた。
海に触ったんだ!
今度はそっと鼻を近づけようとした瞬間、
顔いっぱいに波を被ってしまった。
塩っぱさが口の中に広がり、僕はゲーッと舌を出した。
堤防の方へ戻って、さっきの階段の所から海を眺めた。
潮風がとても気持ちよかった。
鼻をつんと上げて目を閉じると、瞼の裏に太陽を感じた。
ヒゲは、海からの風になびいている。




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