『微視的散歩』 |
〜風に吹かれて〜 |
地球の上で |
僕は野原を走る あの丘まで走る 全力で走る たどり着いたら 大の字に寝転んで 空を見る そしてまた走り出す 今度はゆっくり走る ときどきスキップする そのうち走るのに飽きたら 逆立ちでもしてみる 今度はあの森まで走っていこう でも別に走らなくてもいいのだ |
風に吹かれて |
風に吹かれて ピューーーーーッと 飛んでいった 帽子 パサパサになった 僕の髪の毛 砂を噴いたようになった 僕の顔 すっとぼけたように 空虚を映している 僕のメガネ |
旅人 |
雲が好きだと言った異邦人は もちろん旅人だったけれど 結局は、まわりの風景が ただ移動するだけで 彼はいつも同じ場所にいた 彼は時間と空間を無視したかったんだ 宿命に復讐する為に |
雨降りの灰色の空に |
雨降りの灰色の空に ミューと子猫の鳴き声が滲んでいる 薄暗くぼやけた部屋の空気に 付近を走る自動車の騒音が充満する キィーンと頭の中で 金属音のような何かが鳴り響き 僕の思考能力を低下させる 何だか自分の身体が 頭も胴も腕も足も指の先まで 自分とは無関係の生物 あるいは物体のように感じられて 皮膚感覚も麻痺してしまったようだ 眼はさっきから同じ所を見続けたまま動かない というより何処を見ている訳でもなく つまり何一つ認識することなく 焦点が合っているのかさえ分からないのだ 油の切れた機械仕掛けのように 首は固定されてしまった このまま 動けないまま 僕の精神と肉体は どうなってしまうのだろう |
そっと |
指をポキポキ鳴らし 肩を怒らせ 足を少し開いて踏ん張る 顎を引いて歯を食いしばり 首に何本も筋が走るように 全身に力を込めてみる すると胸の筋肉が盛り上がり お腹の肉がへこんで ヘソが小さくなる そして・・・ そっと屁を放る |
忘却 |
私は、郊外の公園を歩いていた。 どのくらい歩いたのだろう。 もうすっかり日は傾きかけていた。 私は、ふと立ち止まり、 木立を見上げる。 いつもの見慣れた木々、 いつもの空なのに、 一瞬、眩暈のように 何かが違って見えた。 木立の枝の一本一本が、 私がここに来ることを ずっと待っていたかのように、 私の目に迫ってくる。 私は、一体誰なんだろう。 どうしてこの場所にいるのだろう。 いや、私は・・・ 私という物質は、何なのだろう。 ふと、涼しい風が頬をなでていく。 足下の地面の感覚がよみがえり、 小鳥の声が聞こえる。 私は、深呼吸して、 確かめるように 一歩踏み出す・・・ |
天気予報は午後から雨 |
ドアを閉じた部屋 ラジカセの小さいスピーカーから ピアノが静かに流れる 窓の外 隣の屋根瓦と五、六本の電線 今日は雲が多い ところどころ 苦しそうに青空が顔をみせて ピアノは悲しく流れる 鏡 静かな絵の額縁を映して 動かない雲 白い合板ボードの天井 テーブルの上 コーヒーカップの底に こびりついたコーヒーの輪っか 文庫本の詩集 壁 プロレスラーのポスター 壊れたレコードプレーヤー ピアノは悲しくアルペジオを繰り返す 天気予報は午後から雨 |
猫 |
もしもこの世から本がなくなったら 空でも眺めていよう 猫の頭でも撫でていよう 猫とふたり 夕日を眺めていた 夏の暑い日 猫といっしょに 畳の上でへたばって 舌を出した 喋ることが面倒くさくて ニャーとないた |
日没 |
西の空 太陽が今日最後の輝きをみせて 雲を黄金色に染めている 空気が冷えていく ビルディングが影になる 電信柱が影になる 神社境内の銀杏の木が影になる 自転車に乗った高校生たちが帰宅する 紺色の制服と話声が走り去る 西日を浴びて レースのカーテンの模様を映した この部屋も やがて薄暗くなっていく |
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